フォト
2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006年9月26日 (火)

9/24 ベックフット号、長瀞へ

ベックフット号のようなフォールディング(折りたたみ式)カヤックによるダウンリバー初心者向けのスクールに参加してきました。場所は、急流で名高い埼玉県の長瀞(荒川)です。

Pict7260 参加者10名が6艇に分乗し、インストラクター2人が乗る2艇を加えると全部で8艇です。自艇持込参加は我家以外にもう1組。そもそも他の艇と一緒するのは初めてだし、ベックフット号で川を下るのもまだ2回目です。

午前中は河原でパドリングや注意点の講習とカヤックの組み立てで、幕の内弁当を食べた後、いよいよ水上に出ました。

まずは川の流れがそう強くないところを少し上流に向かって漕いで、右岸のエディ(流れの無いところ)に集合です。この時点ですんなり集合できたのはベックフット号を含めて3艇のみ。インストラクターに「皆さんと他の艇とどこが違うと思います?」と聞かれ、他の艇を眺めるけど分かりません。「皆さんは行きたい方向を見ていましたが、他の艇は手元ばかりみています。」とのこと。なるほど~。

次に、川上45度くらいに船首を向けて、右岸から左岸へ、左岸から右岸へ、流れの中を横断する「フェリーグライド」の練習です。45度よりも川の流れに直角になりがちでしたが、何度も練習して、「大体できています」とのこと。この時点で1艇、沈(チン=転覆)して、皆から拍手を受けました。

いよいよダウンリバーです。流れが速く浅めの水中に岩があって波立っている瀬を1列に連なって下ります。ベックフット号は、先頭のインストラクターの艇のすぐ後ろに続いて2番手で、ひたすら前の艇が取るコース通りになぞって、大きく波立っている所では水をかぶりながらも、無事に瀬を通過しました。後ろから来た艇に「上手ですねえ」なんて言われちゃいました(^^)。これくらいの瀬は錦川で経験済みでしたが、流れは長瀞の方が少し速いような気がします。

Pict7265 左岸のエディで艇から降りて、本日最大の難所というこの先の瀬を歩いてスカウティング(偵察)します。少し左カーブの流れの本流がもろにぶつかっている右岸の岩をインストラクターが指して、あれに捕まるとカヌーが折れますから、あの岩の左側を通るようにとのこと。左に寄り過ぎると浅くなっているので、うまく真ん中を通り抜ける必要があります。緊張しながらも、1艇も沈することなくここは全艇がうまく通り抜けました。皆で拍手。

次の瀬もスカウティングして、コースをあらかじめ考えて、無事に通過しました。

Pict7269 いよいよ最後の瀬で、先ほどの「本日最大の難所」よりももっと難所がありました。流れの真ん中に大きな岩があり、その下流側はボコボコに沸騰したみたいになっていて、岩の右側がベストルート、岩の左側が代替ルートということです。見るからに恐ろしげな岩です。ここは挑戦したい人だけが挑戦するということで、2~3艇リタイヤしました。

Pict7273 最初にインストラクターがお手本を見せてくれます。ところが、後で「右に行くか左に行くか迷ったので、悪いお手本になってしまいました」とおっしゃっていましたが、大岩の上を乗り越えて大きくバウンドしていました。次に参加者の艇が1艇ずつ順番に、下流側でいざという時のレスキューに待機するもう1人のインストラクターからの合図を受けた上で出発します。

次の艇もやはり右をねらったけれども曲がりきれずに大岩の上を乗り越えて行きました。その後、うまく右側を通った艇もありました。今回の参加者の中で最も上手そうな自艇持込参加のペアは、左側をうまく通った後に沈していました。約半分の艇は沈しているようです。

いよいよ最後にベックフット号の番が回ってきました。あらかじめ左側を行こうと航海士と打ち合わせておいて出発。浅い瀬で少し底を擦りながら、大岩の手前で左側を通るルートにうまく持って行って、バシャーンと水をかぶりながらも、無事に大岩を抜けました。ヤッターと思いながら、皆が集合している右岸のエディに向けるために左側を一生懸命に漕いで、右に急いで曲がろうとしていたら、だんだん艇が左に傾いてきて、それを戻そうとする暇もなく、ベックフット号での「初沈!」です。

全身水没した後、私が浮かび上がったのは完全にひっくり返ったベックフット号の下流側でした。まだパドルは放さず持っています。艇を起こしてそれにつかまって流れようと思って、艇につかまろうとしましたが、手がかりがなく起こせそうな感じがしなくて、そのうちに艇からちょっと離れてしまいました。その時に、流される時は下流を向いて足を上げておくようにという指示を思い出したので、艇のある上流側じゃなくて下流側に顔と身体を向けた途端、すぐに小さ目の岩が目前に現れて、これは確かに下を向いて流されていないと怪我するなと思いました。

岸から「ロープ!」という声が聞こえ、右後方からレスキュー用のロープを投げようとしているようです。そちらを向きたいのですが、次々と現れる岩から目が放せないので、ロープをつかまえることが出来ません。ちょっと浅いところで何度か足で踏ん張って止まって立ち上がろうと思いましたが、流れが速くそれも出来ず、本でそうすることは足がトラップされて危険だからやってはいけないと書いてあったのも思い出し、もうしばらく流されます。

航海士はレスキューのために水に飛び込んでくれた自艇参加ペアの女性の方に助けられつつ少し前方を流されているようで、3度目くらいに投げられたロープをようやく掴みました。私もそのロープをつかもうとちょっと泳いでいるうちに立てるところまで来たので、ようやく岸に上がることが出来ました。2人とも最後までパドルを手放しませんでした。ベックフット号は、誰かがつかまえてくれたようで、数十メートル上流の岸に引き上げられていました。

実は私は気付かなかったのですが(それは後で問題だと思いましたが)、航海士は沈した時にひっくり返ったベックフット号の中に頭が残っていて、岸にいたインストラクターや他の参加者からは、流されているのは私1人しか見えなかったので、もう1人はどこだ? 水没しているのか? これはヤバイ! と、かなりあせっていたそうです。

2人とも特に怪我もなく水を飲むこともなく、レスキュー体制が整っている中、流れがそこそこに速いところで沈したのは、本当に貴重な経験でした。沈するまでは経験や予想の範囲内のスクールでしたが、沈して流されたことで、それまでの10倍以上の新たなことを学べたように思います。

9/17 【桧原湖キャンプ】北極探検レポート(あとがき)

いやー、久々にちょっとハラハラするアウトドア活動となりました。時々はこういう経験をして新しい教訓を得られるくらいの方が、予定や想定の範囲内で活動するだけでいつの間にか油断してしまうよりも、全体としてはより安全にアウトドア活動を楽しめるようになるんだと思います。

それに、チャレンジすることでアウトドア活動の幅も広がりました。例えば、これからは、世界中のどこの湖にしろ、遠くに見えるあの美しい島や滝まで行ってみたいと思った時に、現実的に行けるものかどうか、どの程度の時間がかかりそうか、判断できる材料を手に入れたことになります。

ちなみにコニストン湖(物語の湖のモデルであるイギリス湖水地方の湖)のボートセンターからピール島(ヤマネコ島のモデル)まで今調べてみたら5.5kmでした。今回のキャンプ~北極の8kmよりもずっと近いので、たとえ強風が吹いていたとしても、4~5時間あれば行って帰って来れることが分かります。

また、人に頼らず自分達で何とか出来たという自信からはより大きな自由を手に入れたことになります。開き直り的結果論(^^;ですが、真昼のふくろうさんと静かなドミノさんは、全行程の4分の3を女性2人だけで漕ぎ通したことで、より腕力のある男性に頼らなくても桧原湖程度の大きさの湖であればどこにでも自分達だけで行ける自信と自由を得たと言えるかもしれません。

なーんてエラソーに書いちゃいましたが、本当は、真昼のふくろうさんは既に冬に女性2人でスキーで北極探検を成功させているので、最初から自信と自由を持っていたのだと思います。

今回とても印象に残った言葉がありました。もうすぐ日が暮れるという頃、ようやくヤマネコ島の近くまで帰ってきた時に、そこにまだ牛乳配達くんが1人で手漕ぎボートから釣りをしていて、私は最初ちょっとビックリして、これはどうもノロマになりかけたのは自分だけじゃなかったのかなと思いました。

ところがその時、牛乳配達くんが「そろそろ帰ろうと思っていた」と言ったことで、そんな懸念はなくなり、逆に、彼ならそういう的確な状況判断を自分でできるんだな、偉いな、と思いました。その瞬間、彼は(私は彼の親ではないですが、もし親だったとすると、親からの)大きな自由を手に入れたのです。

と言うのは私が勝手に個人的にその時に思ったことで、もちろん牛乳配達くんは、既に静かなドミノさんからの信頼と自分の責任で活動する自由を得ていたからこそ、子供1人だけで日暮れ時までボートから釣りをする自由を楽しんでいたのだと思います。それこそランサムの世界の彼らと同じですよね。

オボレロノロマハノロマデナケレバオボレナイ

の意味を実感を持っていろいろと考えることができた貴重な1日でした。

2006年9月25日 (月)

9/17 【桧原湖キャンプ】北極探検レポート(復路編)

Pict7177 北極でかなりゆっくりした後、Mr.NPはそのまま真っ直ぐキャンプを目指して14時に出発しました。本隊のカヌー2艇は、湖に流れ込む小川の河口をちょっとのぞいたり、GPSで確認した湖の最北点(本当の北極)を目指したり、北極の近くにある本来は島なのがほとんど半島化している付け根の地峡を、カヌーを運んで陸路横断したりしてもうしばらく遊んだ後、14時半に北極海を出発して帰路につきました。

北極海を離れて遠くかすんで見えるおにぎりのような三角型の隠し場島を真っ直ぐに目指します。もろに真正面から受ける向かい風は、行きよりも強くなっているような気がします。

往路はキャンプから北極まで追い風で2時間、復路は向かい風・向かい波に逆らって進むので、どの程度スピードが落ちるかが気になります。もし半分になると、4時間かかることになり、今は14時半、キャンプ着が18時半、そうすると、18時を過ぎると暗くなってしまうので、かなりやばいです。ちょっと北極でゆっくりし過ぎました。

幸い、往路ではなかなか真っ直ぐに進んでくれなかったベックフット号が、復路では逆風を真正面に受けて隠し場島に向けて真っ直ぐに進んでくれるので、進路を何度も調整する必要もなく、ただひたすら漕ぐだけで良いので、その点では楽だし、横波を受けることもなく安定して進んでいるので転覆の心配もありません。

ところが、カナディアンカヌーの方はベックフット号よりも風圧を受ける面積が広く、進路も右に左にぶれているようで、なかなかスピードが出ないようです。あっと言う間に2艇の差が開いてしまいました。このスピードだと明るいうちにキャンプに戻るのは間違いなく無理です。

西側に何とか上陸してクルーの交替が出来そうな小さな湾を見つけたので、そこでしばらく待って、カナディアンカヌーを迎えに行って、その湾に呼び込んで、艇を総取替えすることにしました。

Pict7186 ここまで北極海を出発して40分、まだ隠し場島まで半分来たかどうかというところです。しばらく併走して、ベックフット号が転覆の危険もなく進められそうなことを確認した上で、それぞれのペースで隠し場島をめざします。

カナディアンカヌーはやはり風で進路をそれることが多く、前と後ろで漕ぐ力やタイミングの差ですぐに進路がそれるし、かなり気も体力も使います。特に風の強いところで進路がそれると広い舷側に風を受けてますます進路がそれる方向に曲がってしまうし、2人が同時に漕ぐ手を止めると、向かい風を受けてあっと言う間に艇が止まってしまいます。

全く休むことが出来ず、ただひたすら漕ぎ続けないと前に進まず、特に強い風を受けた時には押し戻されないようにその場に留まるために必死で漕ぐ感じです。川をカヌーで遡っているかのようです。

男女の体力差よりも向かい風の場合の艇の速度差の方が大きそうだと思ったので艇を総取替えして、男性が乗ったカナディアンカヌーの方が女性が乗ったベックフット号よりもたぶん遅いだろうと予想していたのですが、先ほどよりはスピード差が縮まったものの、今度はベックフット号の方が遅れるようになりました。

湖の真ん中を進んでいたのですが、岸沿いに進む方が少しは風が弱まるだろうか、遠回りしてでも岸沿いのルートを取ろうかとも思いましたが、地形を見るとこのあたりは湖が細くなっていて岸もほぼ直線的なので、風は湖いっぱいの幅を使って吹き抜けていそうで、やはりそのままひたすら風に耐えながら湖の真ん中を隠し場島に向かいます。

右手前方に橋が見えてきてからいつまでたってもその橋が右前方に見えたままで、なかなか近づいている気がしません。このあたりが一番苦しい時でした。ベックフット号の方は女性二人でもっと苦しい思いをしていたことと思います。

このペースだと暗くなる前にキャンプ場に戻るのは無理そうです。ひたすら向かい風の中を漕ぎながら、いろいろなエスケープ・ルートを考えていました。

遅れているベックフット号がバテバテでもう漕げないようであれば、冬にシュピッツベルゲン探検隊のベースキャンプにした狐鷹森に着けて、そこから車を呼んでキャンプに帰るのが良さそうです。漕ぎ続けることができるなら、出来るだけ進んで、暗くなる前に携帯でキャンプ場に連絡してディクソンおじさんの渡し舟(強力なモーター付き)に迎えに来てもらうことも考えられますが、これは出来るだけ避けたいです。後少しのところで暗くなってしまうなら、ヤマネコ島に着けて艇を隠して、陸路で(水位が下がってヤマネコ半島になっているので)キャンプに歩いて戻り、翌朝艇を回収することができます。

いずれにせよ、隠し場島までは何とか行って、そこから一度携帯でキャンプに連絡して、現在地と遅くなりそうなことは連絡することにします。隠し場島もかなり近づいて来ました。

その時、ベックフット号に一緒に乗っていたいーろらさんが「男女ペアにする方が速くなりそうですね」と言ってくれました。私はこの日ずーっとベックフット号のスピードを過大評価して男女の体力差を過小評価していたようで、最初から男女ペアでベックフット号とカナディアンカヌーに乗るのが結果的には最も合理的だったのですが、なぜか私のトンマ頭にはそれが思い付けなかったのです。静かなドミノさんと真昼のふくろうさんには本当に申し訳ないことをしました。

隠し場島の岩の1つ1つが見えるようになり、その形まで分かるようになり、ようやく先行するカナディアンカヌーが1620に島に到着しました。上陸して、双眼鏡でこの先のルートの風の具合や最短距離のコースを確認します。ここから先は島もたくさんあり、風を避けて遠回りでも岸沿いに行くか、最短距離でもうしばらく向かい風に耐えながら漕ぐか、迷うところです。湖の幅も広がるので、風も少しは弱まるだろうから、まずは後者のルートで行って、風がどうしようもないようであれば、岸沿いのルートに変えるというのが良さそうです。

私の携帯は圏外でしたが、いーろらさんのがつながったので、キャンプに現在地とここからまだ2時間くらいかかるであろうことを伝えます。

20分遅れくらいでベックフット号も隠し場島に到着しました。往路1時間だった隠し場島~北極間を復路2時間以上かかったことになるので、この先のキャンプ場までも往路1時間だったところを2時間かかるとすると、1840頃にキャンプに到着することになります。それだと暗くなり過ぎて無理そうです。ここから先、どれだけ今まで以上にスピードを上げられるか、向かい風がどの程度弱まるかに探検隊の命運がかかっています。

真昼のふくろうさんと私が交替して、カナディアンカヌーにいーろらさん、真昼のふくろうさん、ベックフット号に静かなドミノさん、COOTが乗って、女性軍には休む間もなく隠し場島を出発です。休まなくても大丈夫と言ってくださって、申し訳ないけど、とても頼もしいです。

段々とカナディアンカヌーの方が先行して差が開いてきましたが、ベックフット号も頑張ってできるだけ大きく離されないようについて行きます。スピードは今までよりどの程度速くなったのか、漕いでいるとそうはっきりは分からないですが、風は明らかにちょっと弱まったようです。

最短距離のルートを取って、向かい風に向かってひたすら漕いで行きます。多島海の一番外側の島に沿って南下し、ヤマネコ島が近づいてきました。かなりペースが速くなったようで、この分だと明るい内にキャンプ場に戻れそうになってきました。

1人で手漕ぎボートから釣りをしていた牛乳配達君にヤマネコ島の近くで遭遇し、そこからは一緒に漕いでキャンプに向かいました。もう全力で漕がなくても、手漕ぎボートのペースに合わせてもいいのが嬉しいです。

最後の半島を手漕ぎボートに続いて回り、キャンプが見えて、浮き桟橋に到着。ふーーーっ、疲労、安堵、達成感、充実感いっぱいの北極探検隊の帰還でした。

9/17 【桧原湖キャンプ】北極探検レポート(往路編)

9/16-18の連休は、今年2回目の桧原湖キャンプに行って来ました。中日の9/17(日)にはカンチェンジュンガ(磐梯山)の登山を計画していたのですが、天気予報は雨、山はすっぽり雲に覆われていたため、登山隊の代わりに、船で北極(桧原湖最北端)を目指す北極探検隊が編成されました。

キャンプから8km離れた北極まで手漕ぎボートで行くのはほとんど無理だろうと皆が思う中、NP家の良き土人さん(簡単のため以降Mr.NPと書かせていただきます)が、行けるところまで行ってみるということで、お1人でチャレンジです。本当に無理なのかどうか自ら実証してみるという心意気が素晴らしいです。私はこういうのをとっても尊敬します。過去の偉大な探検家は皆こういう心意気を持っていたはずですよね。

北極探検の本隊は、去年の海戦で多島海を制覇したカンチェンジュンガ帝国の真昼のふくろう女王と静かなドミノ提督、いーろらさん、COOTの4人です。カンチェンジュンガ帝国は、北極にまでその版図を広げるのでしょうか。

先発の手漕ぎボート1艘から30分ほど遅れて、カナディアンカヌーと折りたたみ式カヤックの2艘が、北極を目指して10時半にベースキャンプを出発しました。

キャンプ場のカナディアンカヌーよりCOOT家の折りたたみ式カヤック「ベックフット号」の方が、スピードは早そうですが安定性では負けます。最初はたぶん最もスピードが遅くなるであろう組合せで、女性2人がカナディアン、男性2人がベックフット号に乗って、まずは途中の「隠し場島」まで行き、そのペースから全行程でどの程度の時間がかかりそうかを計算して、暗くなる前に無事に帰れるか、どの程度北極で遊べるか見当をつけることにしました。乗る組合せを変えればそれよりは早くなるはずなので、その分ゆとりができることになります。

今回は水位が低くて多島海の中は陸続きになった島々のために抜けられないので、多島海の島の外側に沿って北上します。

いきなり後ろから汽笛がけたたましく何度も鳴って、ふり返ると観光汽船が2隻真っ直ぐこちらに向かって来ます。湖は広いのにどうして島の近くにいる我々の方に向かってくるのか、まるで意地悪をされているような気もします。

急いで漕いでもっと島に近づくと、こちらに向かってきた汽船は急に左に曲がり、広い湖の真ん中に向かって行きました。転進した辺りを見ると、岩礁とブイがあって、どうもその浅瀬と島の間の狭い水路を通ることになっているようです。北極探検隊が島の近くのその水路を通っている時に偶然に汽船もそこを通るタイミングが重なって、汽笛を鳴らされてしまったわけです。理由が分かれば納得。今度からは気をつけることができます。

Pict7138 見渡すとあちこちに水面ギリギリの岩があって、カヌーでもうっかりすると座礁しそうだし、モーターボートやヨットをこの辺りで操船するのは難しそうです。そういう岩やいろんな形の島がたくさんあって、島と島の間を抜けたりする時は探検気分が盛り上がります。

景色抜群の多島海を抜けて遠く北極まで見渡せる広い水面に出て、右手に黄金色の陸地を見て、さらに進むと、湖のど真ん中にポツンと浮かぶ「隠し場島」に近づいてきました。物語の湖と同じで、北に向かって進むと、リオ沖のたくさんの島々の間を抜けて、最後の島が「隠し場島」。ここから先は広い水面が遠く北極まで広がっているのです。

ベースキャンプから隠し場島までちょうど1時間かかりました。先発のMr.NPの手漕ぎボートは見かけないままで、先ほどの汽船騒ぎに気を取られていた間に追い抜いてしまったのかもしれません。

隠し場島で2艇のクルーを交替する予定だったのですが、簡単に上陸できそうな場所がなかった(できそうな場所には土人の釣り人がいた)し、2艇のスピードの差もそれほど無さそうだったので、そのまま北極を目指すことにしました。

そこからは開けた水面でますます風も強くなり、真後ろからの風と波を受けて、たぶんかなりのスピードが出ているのだと思います。後ろからザワザワーッと追いかけてくる波に艇を運ばれて、そのうちに波の方が早くて追い抜かれて、また次の波が追い付いてきてを繰り返します。帰りは向かい風になるのでかなり心配です。

いつもながら、ベックフット号はなかなか真っ直ぐ進んでくれません。すぐになぜか右へ右へとそれてしまうので、右側を力を入れて漕いだり、左側を逆漕ぎしたりと、気も体力も使います。

Pict7150 冬のシュピッツベルゲン探検の時にベースキャンプにした狐鷹森を過ぎ、左右の湖岸に橋やトンネルがあるところを過ぎ、北極のエスキモー部落が望める辺りまでやって来ると、左の岸近くに屋形船がありました。冬に真昼のふくろうさんが北極を目指した時にはもっと岸から離れたところに、その「フラム号」はあったそうです。

突然、NPさんから無線連絡(携帯)です…
「こちら北極探検隊です。どうぞ。」
「こちら多島海探検隊です。良き土人(Mr.NP)から北極に到着したとの連絡が入りました。」

な、なんと、先発の手漕ぎボートは、ずーっと本隊の前を走っていて、とうとう追い付かれることも追い抜かれることもなく、先に北極に到着したのでした。なんたる快挙!

ヤマネコ島や多島海探検に一緒に行った時には、ベックフット号だと手漕ぎボートの倍以上のスピードが出ているように思ったのですが、通常は2人以上で乗る手漕ぎボートに1人で乗って漕いでいることと、Mr.NPの並々ならぬ漕力の合わせ技でしょうか、カヌーと変わらないスピードでキャンプ~北極の8kmを漕ぎきったのでした。

そこから北極までまだしばらく漕いで、双眼鏡でMr.NPの着岸地点を確認して、手漕ぎボートの隣にベックフット号を接岸させました。隠し場島から北極までもちょうど1時間かかりました。Mr.NPもベースキャンプから北極までちょうど2時間かかったそうで、手漕ぎボートながらカヌーと同じスピードを出せたことになります。北極で本隊が先発隊に追い付くことになるとは思いもしないことでした。

カンチェンジュンガ国首脳を乗せたカヌーは、200m程東の方に接岸して、真昼のふくろう女王はさっそくその辺りの陸地を探検しています。そちらに合流して、まずはお茶を沸かしながらお昼にしました。

ペミカンとハム・チーズのサンドイッチにバナナでお腹いっぱいにした後、冬にもここに来たことがある真昼のふくろうさんの案内で辺りを歩き回って、ランサムっぽいいくつかのポイントを確認しました。

Pict7155 将来の北極探検家のためにも詳しいことはネタバレになるのでここでは書かないことにしますが、北極はなかなか素敵なところです。

後になって思い出したのですが、北極海のどこかに、水中に水没した神社の鳥居や参道が見える所があるらしいのですが、すっかりそれを探すのを忘れてしまっていました(^^;。次の北極探検隊のお楽しみです。

2006年9月 3日 (日)

9/3 ベックフット号、本栖湖へ

ETC早朝夜間割引で高速料金が半額になるのをねらって、朝5時に起きて、6時前に中央高速に乗りました。「早起きは三文の得」と言いますが、割引で得した分から考えると1文は400円くらいになります。

談合坂SAで朝食にして、いろいろとおいしそうなのを売っていたので昼食もここで仕入れて、スイスイと快調に7時半頃には本栖湖に着きました。

Pict7078 水も空も真っ青で、暑くなくて、風がさわやかで、1文=1000円くらい得したような気がするなあ。こういう日はとことんのんびりしたいです。ベックフット号ものんびりと組み立てて、のんびりと漕ぎ出しました。

すると、ちょうど同じ頃、赤と青のカヤックも湖上に出てきました。ベックフット号がオレンジ色なので、赤とオレンジと青がそろったところを写真に撮りたいものです。赤は1人乗りですが、青は型も同じ2人乗りカヤックのようで、仲間という気がします。

Pict7067 ベックフット号はもちろん探検したがるので、湖の南東端から漕ぎ出して、岸沿いに反時計回りに一周することにしました。溶岩でゴツゴツした岸の入り江の中に乗り入れたり、こすらない程度の浅瀬の上を進んだり、そういう事が大好きです。

Pict7077 いやはや、水がどうしてこんなにきれいなんでしょう。かなり深い底まで見えます。浅いところでは、日光が水の中に差し込んで無数の虹が踊っています。深いところでは吸い込まれるような青。やっぱりカヤックは水が澄んだところが一番です。

赤と青のカヤックは、湖の真ん中を北へ、赤は飛ばして、青はベックフット号よりもさらにのんびりと進んでいます。岸沿いに進むベックフット号とは、そのうちに離れ離れになってしまいました。

湖の北岸のキャンプ場に上陸して、湖越しに富士山を眺めながら、昼食の前半をのんびりと食べました。富士山は霞んでいますが、形がしっかり分かる程度には見えています。

Pict7072 ここからも何艇ものカヌーが湖に出て行きました。今まで行ったフィールドの中で、ここが一番たくさんカヌーに出会いました。パドラーの皆さんは、こういう水のきれいな所に来ていたのですね。7月に行った丹沢湖は誰もいなくて、水が汚くて、もう2度と行くことはないと思いましたが、本栖湖には何度でも来たいです。

食後はいつも以上に蛇行しながら湖の西岸沿いに出発点に戻り、昼食の後半を食べて、中央道が混む前に走り抜けて、15時半には家に戻ってきました。早起きはやっぱり、かなりお得でした。

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »